2007-10-22

シャクンタラー物語

シャクンタラー物語は、「マハーバーラタ」第1巻第62章〜69章に収録されている。
「マハーバーラタ」の中心人物たち、パーンダヴァの5王子とカウラヴァ100王子たち
(彼らは従兄弟同士でありながら複雑な経緯で大戦争になる)の家系の起源について、
彼らの子孫であるジャナメージャヤ王に請われて、聖仙が語った物語である。

*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*

昔々、ドゥフシャンタという非常に強力な王がいた。
彼は無敵で、広大な領地を持ち、人民を保護し、
彼の治世には盗み、飢え、病気などの恐れも無く、穀物は豊穣に実り、
人民はみな幸せに暮らしていた。

ある日、王は軍隊を率いて森へ行った。
その森で、王と戦士たちは森の動物たちを狩り、多くの動物たちを殺した。
鹿狩りに熱中していた王は、いつのまにか別の森に迷い込んでしまった。
付き従っていた兵士や乗り物たちともはぐれてしまい、王は一人でさまよっていた。
そして、また別の森に入っていった。
その森は、広々として鳥がさえずり、樹々には花が咲き誇り、風は涼しく、
風に揺られた枝々からは花びらの雨が降り注ぎ、甘い香りに満ちていた。

王は、その森に住む聖仙に会おうと思い、その聖者の隠棲所に向かった。
しかし、聖者は留守をしていて、そこにはいなかった。
声をかけると美しい娘が出てきて、王をもてなした。この娘の名前がシャクンタラーである。

あなたは誰か、という王の問いかけに、シャクンタラーは、自分は聖者の娘であるが、
実は別の聖者王仙ヴィシュワミトラと、彼の苦行を邪魔したいインドラ神の命令により
彼を誘惑しにきた天女メーナカーの間に生まれ、この聖仙に育てられたのだ、
という話を王に打ち明けた。

この話を聞いて、喜んだ王はシャクンタラーにプロポーズをした。
王仙(もともと王族〜クシャトリヤ〜であったが苦行を重ね聖者になった人)の娘なら
同じ王族であり、自由恋愛による結婚は王族にとって最上とされているからである。

彼女は、その申し出を受けるにあたり、彼女が生んだ息子を後継ぎにしてくれるよう、
王に条件を出した。
王はその条件を受け入れ、シャクンタラーも自分の都に迎えることを約束して、
2人は結ばれた。

しばらく時を過ごした王は、彼女をいずれ王宮に招き入れることを約束して、
自分の都に出発した。

シャクンタラーは、その後息子を出産した。その子はすくすくと成長した。
6歳になったばかりの頃には、既に体も大きく力も強く、
虎や象などの動物を飼いならし遊べるほど、神の子のように栄光に満ちていた。

養父の聖者は、この頃シャクンタラーと息子を、
夫であるドゥフシャンタ王の元へ行くように勧めた。
そこで、彼女は息子を連れ、森を出て王の都へ行った。

都で王に面会し、息子を引き合わせたシャクンタラーに、王は思いがけない言葉を放った。
王は、彼女に会った事もないし、関係をもった覚えもない。
そのような子供も知らないと言い、彼女をうそつき女で卑しい苦行女と貶めた。

怒りに震えたシャクンタラーは、
結婚に於ける法(ダルマ)、妻と夫がお互いに果たすべき義務、息子の重要性、
自分が高貴の出自であることを切々と説き、王のつれない態度、王としての不徳、
不真実を非難した。

シャクンタラーがついに王を見限って、故郷の森に帰ろうとしたそのとき、
姿の見えない声がした。
そこには司祭、僧侶、大臣なども王を囲んで集まっていた。

その声は、王に対しシャクンタラーの息子は真実、王の子であるため、
彼はその子を養育しなければならないと告げた。
神々によって、シャクンタラーと息子の正当性が認められたのである。

実は王はその言葉を待っていた。
王は喜んで息子を受け入れ、シャクンタラーに心にも無いことを言った非礼を詫びた。
王は最初から認めていたのである。しかし、彼女との関係は人知れずなされたため
無条件で受け入れては世間の人々に疑いが生じる。
そこで、王は何とか彼女の身の証をたて、息子共々公に認められることを望んでいたのである。

晴れて、シャクンタラーはドゥフシャンタの王妃として、またその息子は皇太子に即位した。
この息子の名前がバラタといい、成人し父のあとを継ぎ、最高の王となった。
バラタという名前の由来は、神々が
「その子は汝(父王)に養育されるべき(バルタヴィヤ)であるから『バラタ』と名づけよ」
と語ったことからである。

このバラタが、バーラタ族の祖であり、バーラタとはバラタの家系という意味である。
この一族からは、神のような強力で栄光に満ち、偉大な王が数多く出て、
長い年月を経てパーンダヴァとカウラヴァが登場してくるのである。

*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*

以上は、マハーバーラタ(参考文献:ちくま学芸文庫「マハーバーラタI」)からの抜粋である。
後年、これを題材として詩聖カーリダーサは有名な戯曲「シャクンタラー姫」を書いた。
カーリダーサの方の物語は約束の指輪と呪詛をめぐる数奇な運命の恋愛劇となっている。
マハーバーラタで語られているのとはまた違った物語である。
(カーリダーサの方はまだ読んでいないので、ネット上でざっと調べただけです。)


原典訳マハーバーラタ〈1〉第1巻(1‐138章) (ちくま学芸文庫)原典訳マハーバーラタ〈1〉第1巻(1‐138章) (ちくま学芸文庫)
(2002/01)
上村 勝彦

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この記事は、他ブログから引っ越してきました。

2007-10-22

ダシェラ (ヴィジャヤ・ダシャミ) − 勝利の祭

ドゥルガー


昨日は、インドでダシェラという祭の日であった。
ヒンドゥー暦アシュヴィン月(9月〜10月)の10日目がこの祭りの日にあたる。
今年は10月11日の新月の次の日から数えて、昨日がちょうど10日目となる。

ラーマーヤナの物語の中で、
英雄ラーマ(主人公でヴィシュヌ神の第7番目の化身)の妃シーターは、
魔王ラーヴァナによって拉致されランカ島に連れ去られる。
そこでシーター妃を奪回するために、ラーマは弟ラクシュマナ、忠猿ハヌマーン、
ハヌマーン率いる猿の軍団とともに、ランカ島でラーヴァナと壮絶な戦いを繰り広げる。
ラーヴァナとの戦いは10日間に及び、最後はラーマ軍が勝利する。

この話にちなんで、ダシェラの前の9日間インド各地の町や村では、広場や劇場で
壮大なラーマーヤナの劇が連日上演される。
役者たちは豪華な衣装に身を包み、劇の前後には付近を練り歩く。
ラーヴァナの退治とシーターの救出で劇はクライマックスを迎え、最終日の10日目には、
巨大なラーヴァナの張りぼて人形に花火が仕掛けられ燃やされる。
これはラーマリーラーとして老若男女問わず人々の最高のお楽しみなのである。

ラーマはまた、ドゥルガーを信仰しており、9日間ドゥルガー女神に祈りを捧げ、
10日目に戦いにおいて勝利したといわれている。
この事から、ダシェラとは善が悪に打ち勝つ、勝利を宣言した日という意味もある。

一方、ベンガル地方ではドゥルガーの祭りである。
ドゥルガー女神が水牛の姿をした悪魔マヒシャアスラを殺した日としてお祭りが行われる。
こちらはドゥルガープージャとも呼ばれている。

その前の9日間にはナヴァラートリーという前夜祭が行われ、ドゥルガー、サラスヴァティー、
ラクシュミーなどに祈りが捧げられる。
最終日の10日目には、土や紙で作られたドゥルガーの像を町中引き回し、
ガンジス河に流して祭りを締めくくる。
この祭りは特に女性の力(シャクティ)を重要視するお祭りである。

いずれも善が悪に勝利した日として、ヒンドゥー教徒にとっては大事な祭りである。
また、春のホーリー、晩秋のディワリと共に、
インド全土で祝われる主要な祭りの一つとなっている。

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この記事は、他ブログから引越し、日付などは今年用に修正しました。

2007-10-22

人生の4つの区分(四住期)

ヒンドゥーの人生には、4つの区分があります。
これを四住期といい、サンスクリットではアーシュラマと呼びます。
これらは、ダルマシャーストラという文献に定められていて、
特に「マヌの法典」が最も重要視されています。
(世界史の教科書にも出てきていましたよね→マヌの法典)

1 学生期(がくしょうき) − ブラフマチャーリン −<師について学問、修行をする期間。>
   
   子供が学齢に達すると、「聖紐式」という儀式を経て家を去り、
   人里はなれた森などに住む師の元に住み込みで学問を修める。
   この場合の学問とは、ヴェーダ、ヨーガ、聖典の学習であり、
   厳しい戒律を守り、修行するのである。
   師を父として第二の誕生をすることから、彼らはドゥヴィジャ(再生族)
   と呼ばれている。
   学生期はだいたい25歳くらいまでに終える。

2 家長期(かちょうき)または家住期(かじゅうき) − グリハスタ −
  <家族を養い家庭生活を送る期間。>

   師の下での修行を終えると、彼らは家に戻り、結婚する。
   家長は、家庭を営み、職業により物質的な収入を得、子供(特に息子)をもうけ、
   子供たちに教育を施し、結婚させる。
   また、収入の一部を寄付したり、社会的な義務を果たす。

3 林住期(りんじゅうき) − ヴァーナプラスタ − <家督を息子に譲り引退する。>

   中年期頃になると、子供たちは結婚し、両親の元から独立する。
   家のことは息子に譲り、現世的な欲や執着を捨て、瞑想をしたり、
   夫婦で精神的な研究に時間を費やす。
   人によっては、森などに移り住み静かな環境で過ごす。
   (もともとは、森に住むことを意味したが、現代では必ずしもそうではない)

4 遊行期(ゆぎょうき) − サニャーシン − <家を出、聖地を巡礼しながら人生を終える。>

   解脱を求める人は、所有を捨て、世間との関わりを断ち、巡礼の旅に出る。
   彼らは、一般の人からの施し者や森などにある木の実、果物を食す。
   悟りをひらくために、瞑想などをして過ごし、聖地に赴く。
   しばしば、聖地に於いて人生を終えることを幸福と考えている。


これらは、古代の聖典に規定されているダルマ(義務)であって、
現代では必ずしもこの通りに人生を送っているわけではないようです。

しかし、子供が学生期の年齢に達すると、左肩から右脇にを撚った3本の紐をかけ、
「聖紐式(ウパナヤナ)」は重要な通過儀礼として現代にも継承されています。
そして、定められた学校教育を受けることになりますが、特にバラモン階級の場合、
父や祖父などからマントラや聖典を教わるのだそうです。

また、成長して成人になると、親が占星術などで相性の良い結婚相手を決め、
家庭を築くというのは現代でも行われていることです。
都市部では恋愛結婚というのもあることはあるようですが、
社会的な慣習などまだまだ大半は保守的であり、見合い結婚が主流なのだそうです。

すべての人が遊行期として、出家するわけではないようですが、
ベナレスやハリドワールなどの聖地には、多くのサドゥーと呼ばれる修行者が集まったり、
余命いくばくもない老人を看取るためのホスピスのような施設があったりします。

この四住期は、ヒンドゥーすべての人の人生というわけではありません。
上位3カースト(バラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャ)の男子に限られ、
女性とシュードラ階級は除外されています。

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この記事は、他ブログから引越し及び加筆修正しました。
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Author:は〜てぃ
インドにかかわること十数年。
HP「天竺迦羅倶利庵」管理人。

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気まぐれなブログですが
どうか、お付き合いくださいませ。

★開設当初の日記は、
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